つい先日、愛猫家にとってはみんなが待ち望んでいたようなタイトルの記事がインターネット上に掲載されていました。
“「ネコの宿命」腎臓病の治療法を開発 寿命が2倍、最長30年にも 東大大学院・宮崎徹教授インタビュー”
https://www.jiji.com/jc/article?k=2021070800906&g=soc
ネコと生活をしたことがある方ならご存知かも知れませんが、多くの子が腎臓病を患ってしまい寿命を迎えています。
すなわち、ネコの死因の多くは昔も今も大きく変わることなく、腎臓病が占めています。
今回はまさにこのネコの宿命である腎臓病を克服しうる治療法について、現時点にて分かる範囲でご紹介していきたいと思います。
目次
元記事の内容解説
先ほどご紹介した、
“「ネコの宿命」腎臓病の治療法を開発 寿命が2倍、最長30年にも 東大大学院・宮崎徹教授インタビュー”
https://www.jiji.com/jc/article?k=2021070800906&g=soc
という記事の内容をまずは簡単に解説していきます。
AIMの発見
1995年、ヒトの血液中に高い濃度で含まれるタンパク質が発見され、宮崎徹教授によって“AIM”と名付けられました。
AIMは、体内の不要物を取り込んで分解するマクロファージの1種です。
すなわち、体内に侵入した細菌やウイルスに感染した細胞、あるいは体の中で不要となった老廃物を取り除き、体を守ってくれているのがAIMなのです。
ネコのAIM
宮崎徹教授によると、当初はその働きやどのくらい重要かは分からなかったそうです。
ただ、研究を続ける中で、ヒト以外の動物にもAIMが存在するかどうかを調べてみたところ、驚くべきことが判明しました。
ネコだけが、AIMを持っていながらも、ヒトや他の動物と同じようには働いていなかったのです。
さらにその後、宮崎徹教授はネコの多くが高齢になると腎臓病によって亡くなっているという事実を知ります。
宮崎徹教授はネコの腎臓病の発症にAIMが関わっているのではないか?と仮説を立て、実際に証明するのです。
AIMの役割
腎臓は血液中の老廃物をろ過して尿を作り、体の外に排出します。
この際に、腎臓内の尿の通り道である尿細管に老廃物や死んだ細胞などが詰まると、腎臓の機能が低下し腎臓病を発症してしまいます。
この老廃物や死んだ細胞を取り除くのがAIMの役目なのです。
そのため、多くの動物ではAIMが活性化し尿細管の詰まりを解消しているのですが、ネコではAIMがうまく働かず、結果として腎臓病を発症してしまうとのことです。
AIMの実用化に向けて
すでに多くのネコで活性化したAIMを投与し腎臓病の進行を止められることが確認できていると記事にはあります。
AIMにより腎臓病になることなく生涯を全うできるとすると、最長で30歳ほど(現在の平均寿命の2倍近く)生きるようになると想定されます。
ただ、まだ開発段階であり、実用化に向けた労力やコストなどが課題となっており、さらに現在は新型コロナウイルスの影響も受けてプロジェクトが中断されているとのことです。
- AIMとは、多くの動物に備わり、体を守るタンパク質である
- ネコはこのAIMを持っているが十分に機能しておらず、それにより腎臓が傷みやすい=腎臓病になりやすい
- 活性化したAIMをネコに投与することで、腎臓病の予防が可能である
- しかし、実用化に向けた課題は多く存在し、実際に治療に用いられるまでにはもうしばらく時間がかかる
そもそもネコの腎臓病とは?
そもぞも腎臓とは、血中に溜まった老廃物や毒素を尿として体外に排出する役割を持つ臓器になります。
ここからは、ネコの腎臓病についてその基本を確認していきましょう。
腎臓病は大きく2つに分けることができます。
急性腎障害
様々な原因により、短時間に腎機能を失ってしまう病態を急性腎障害と呼びます。
原因にもよりますが、年齢を問わず発症する恐れがあります。
腎臓は尿を作ることで血液をきれいに保つ働きを担っているため、薬や毒素の影響を受けやすい臓器です。
そのため、ある種の薬や毒素が中毒量を超えて大量にネコの体の中に入ってくると、腎臓が分解しきれずにダメージを負うことになります。
ネコに急性腎障害を起こす主な薬・毒素の例
- ユリ科植物
- エチレングリコール
- 解熱鎮痛剤
- 抗生物質
- 抗がん剤 など
また、腎臓で作られた尿を膀胱へ運ぶ通り道である尿管が、何らかの理由で詰まってしまった場合にも急性腎障害は生じます。
尿管が詰まる最も多い原因としては、結石の存在が挙げられ、現在では1歳未満のネコでも発見されることがあります。
慢性腎臓病
一方で、通常数ヶ月以上かけて徐々に腎機能が低下し、検査での異常や症状が認められると慢性腎臓病と診断されます。
若い子と比べて、中高齢以降のネコに発症することがとても多い病気です。
腎機能の低下により、血中に老廃物や毒素が溜まり(高窒素血症、尿毒症)、食欲不振や嘔吐を引き起こし、だんだんと痩せていながら弱っていくのがこの病気の特徴です。
今回、AIMの記事において治療対象と考えているのはこの慢性腎臓病になります。
今まで慢性腎臓病の原因は特定できないことが多かったのですが、AIMの研究を通して、尿細管における詰まりの蓄積が大きく関係していると考えられます。
AIMは腎臓・泌尿器疾患の特効薬となりうるか?
AIMは、Apoptosis Inhibitor of Macrophageの頭文字に由来しており、体内の不要物を取り込んで分解するマクロファージの1種です。
このAIMというタンパク質は、普段は血液にのって全身をめぐり、体の健康を守ってくれています。
では、AIMはどのように腎臓・泌尿器疾患の特効薬となるのでしょうか?
活性化したAIMの機能
さまざまな原因によりダメージを受けて死んだ細胞や老廃物などが塊となり、尿細管の中に詰まることがあります。
すると、老廃物を含んだ尿が腎臓内に留まり、腎機能が回復しないまま徐々に低下してしまいます。
この際、多くの動物の体内では、血液中に存在するAIMが活性化し、尿細管の中に移動して細胞の死骸や老廃物と付着することで、尿細管内の詰まりの解消を促します。
尿細管の閉塞が解除されると、腎臓内から尿が流れるようになり、一時的に低下した腎機能が回復し始めるのです。
このように、人やマウスでは尿細管の詰まりが生じても、AIMの作用によって速やかに取り除かれ、腎機能が回復することが確認されています。
しかしながら、ネコでは十分な量のAIMを血中に蓄えているにも関わらず、尿細管内へ移動することなく、細胞の死骸の掃除を促していません。
AIMのメカニズム(ヒトとネコの違い)
AIMはIgMというタンパク質にくっついています。人やマウスでは、IgMから離れたAIMが尿細管の中に移動して細胞の死骸や老廃物と付着します。
これが目印となって、上皮細胞に飲み込まれて掃除されます。その結果、尿の通り道の閉塞が解除されて腎障害にはなりくくなります。
しかしネコでは、ネコAIMがIgMタンパク質に非常に強力に結合していて離れないため、尿中に移行することができません。
このため、ネコは一度低下した腎機能が回復しづらく、ダメージが蓄積されることで慢性腎臓病を発症しやすいと考えられます。
こうしたメカニズムに加え、活性化したAIMを投与したネコで腎機能の低下を予防したという宮崎徹教授の研究データからも、AIMはネコの慢性腎臓病の特効薬となる可能性が高いと考えられます。
宮崎徹教授について
さて、このAIMというタンパク質を発見し、ネコの慢性腎臓病との関係性を証明した上で治療法を確立しようとしている宮崎徹教授とはどのような先生なのでしょうか?
インタビューの中にも記述がありますが、実はヒトの病気を治すお医者さんなのです。
現在は東京大学大学院医学系研究科疾患生命工学センターに所属されています。
これまでは、ヒトの動脈硬化症や肥満、肝臓癌などに対するAIM治療を主なテーマとして研究されていました。
そんな医学博士である宮崎徹教授は、なぜネコの慢性腎臓病治療を研究し始めたのでしょう?
ワンヘルスとAIM治療
そこには、ワンヘルス(One Health)という考えが根底にあるようです。
ワンヘルスとは、人と人以外の動物を分けて考えるのではなく、それぞれの関係者が連携して解決に取り組もうという概念を言います。
例として、狂犬病や高病原性鳥インフルエンザなどの人獣共通感染症に対して、医師・獣医師がともに協力し中心となって対策・対処していくことが挙げられます。
この考え方をまさに腎臓病とAIMの関係にも適応したのが宮崎徹教授です。
AIMによって救うことができるのはヒトだけでないという信念から、ネコの慢性腎臓病の治療薬開発に奔走されています。
実際に多くのネコの治療に用いられた後は、さらにそのデータを活かしてヒトの病気の新たな治療研究も実施していく予定だそうです。
今後の展望、実現に対する期待
AIMによるネコの慢性腎臓病治療は、愛猫家を中心に今とても注目されています。
記事の中で、新型コロナウイルスの影響により資金調達が難しく治療薬開発が中断しているとありました。
それでも、投資家を中心に全世界から応援したいという後押しがあり、資金難に関しては今後クリアしていくことでしょう。
追記: 宮崎 徹 教授による猫の腎臓病治療薬研究へのご寄付について
ただ、まだAIM製剤は開発段階であり、実際に多くのネコに使われるようになるにはもうしばらく時間がかかります。
少なくとも数年以上先になってしまうことでしょう。また、実用化への課題も決して少なくはありません。
それでも、実用化が始まった暁には、ネコの寿命を大きく伸ばすことが期待される、たいへん貴重な治療薬となると考えられます。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
参考文献
- 「猫の治療ガイド2020 私はこうしている」株式会社EDUWARD Press (2020), 辻本元, 小山秀一, 大草潔, 中村篤史 (編集)
AIMを活用した治療は、ヒト・ペットにおいて様々な病気に応用されうるものだと考えられます。
ただ、ペット医療におけるAIM治療には適応となる症例や想定される治療費、副作用など、まだまだ分からないことが山積みの状態です。
これから実用化に向けた臨床試験などを経て、新たな情報が発表されることと思いますので、自分もいち早くキャッチして皆さんに改めてご紹介できるのをたいへん楽しみにしております。